性善説・虎杖悠仁vs両面宿儺・性悪説 考察 呪術廻戦 jujutsukaisen ネタバレ
132.5話までを呼んで妄想や素っ頓狂なことを書いています。
性善説・虎杖悠仁
人間の本性は善であり、それを発展させれば徳性にまで達することができるとする説
後の環境で善にも悪にも
宿儺に会うまでは天真爛漫
いつも笑顔で人の死などについて特に考えることもなくお爺さんの看病をし前向きに生きる少年
お爺さんの死、宿儺の指に出会い呪霊との交わりの中で正しい死正しくな死
死について考えるようになり、どんな人でも意味のあるためになる死を迎えてほしいと願い呪霊と戦い祓い続けていく。
呪霊に魂を変形された人間を殺してしまい、仲間になりかけていた順平や母・凪の身近な呪霊・呪いによる死に対峙して、心境の変化?
「今まで俺の口から出た言葉はすべて嘘だったんじゃないのかと思えるくらい腹の底からでた本音”ぶっ殺してやる”」
元々、持っていたものかもしれませんが悪・呪いというものがじわじわ出てきますよね!?
両面宿儺よりに近づいている。
宿儺の指を受肉して知らずに変化していっている?
瀕死の状態で輸血をすると人が変わっちゃおう仁なるという事をたまに聞きますよね?
ですので受肉により血の流れで宿儺の記憶・呪いとしての魂が宿り、邪悪になっていく。
聖人君子みたいな人に悪が入るほど怖い気もしますが…
性悪説・両面宿儺
人間の本性は悪であり、たゆみない努力・修養によって善の状態に達することができるとする説
後の環境により悪にも善にも
虎杖悠仁が宿儺の指を1本飲んで受肉し生まれた時
「女も子供も蛆のように湧いている。素晴らしい!鏖殺(おうさつ)だ」
自分の欲のための鏖殺に顧みる感じがなくく世に放りだすだされは筈だったが、虎杖の中で魂として常駐し、指は虎杖に受肉し虎杖と反対の流れが起きている。
呪いの王として君臨し、鏖殺をしまくる感じだったが、虎杖に受肉し虎杖の魂・善の意識が芽生えてきてるわけではないが、意味ない死には無関心になってきてる。
あえて助けないが殺しもしない。
身に降りかかる危険には対処し、呪霊、人間の死も関係ない。
死に対して命の選択を縛りなどもうけ無闇に殺すことしなくなった?
悪が善が悪
悪の宿儺が 意味のある殺し
善の虎杖が 意味のない殺し
基本的には自分に降りかかった己の快・不快に対しての祓いだったりしますが
今は、どちらとも善悪のとは言わないが線引きがぶれてきていますよね…!?
虎杖は、宿儺を受肉し宿儺寄りに
宿儺は、虎杖の魂の考えが植え付けられてきている。
虎杖が悪
宿儺は善 と入れ替わることはなく
同じ環境で過ごしたものは 結局同じ人生・価値観になる?
呪術廻船には結びつかない内容になってしまいましたね!?
さて、虎杖は、記憶を好転する方に書き換えれるのか!?
20本の指を受肉し完全体になった時の伏黒との行方が気になりますね!?
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