日本人ならぜひ知っておきたい「神宮と大社の違い?」意外と知らない『神社ミステリー』

日本人ならぜひ知っておきたい!!意外と知らない『神社ミステリー』

安産祈願するのであれば・・・住吉大社での場合

第一から第四まで4つの本宮があり、それぞれ違う神様が祀られてるので
安産祈願をするのであれば神功皇后が祀られている第四本宮にお参りするのが正しい。

神宮 と 大社の違い

神宮とは
皇室にゆかりのある神 歴代天皇を祀る神社の事
かつては皇祖神・天照大神を祀る伊勢神宮のみが「神宮」を名乗っていたが
平安時代に鹿島神宮 香取神宮
明治以降に平安神宮 橿原神宮などが相次いで創建された。

大社とは
地域の信仰の中心となる【土着の神】を祀る神社のこと
かつては出雲大社のことだけを指していたが
現在では、春日大社 諏訪大社などもよく知られている。
終戦までは出雲大社のみ。大社と言えば出雲大社だった。

神社の呼び名の違いとは祀られている神さまの違い。

太宰府天満宮 大阪天満宮

たとえば「天神さん」の愛称で親しまれている天満宮や天神神社
ここに祀られているのは菅原道真
死後に祀られ神となったパターンだが人を神として祀る神社は数多い
豊国神社 祭神:豊臣秀吉
戦国時代の武将や東郷平八郎といった軍人も祀られ戦没者を祀る靖国神社ではすべての英霊に神の呼称がつけられている。
これらを神として考えると靖国神社だけで246万柱の神が存在する。

誰を神として祀ろうと自由で誰に許可を得る必要もないそんな日本の神は常に増え続けている。

宗教学者 島田裕巳さんのお話
神話へのアプローチから神社の謎を解明した数々の著書

なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか 最強11神社―八幡・天神・稲荷・伊勢・出雲・春日・熊野・祗園・諏訪・白山・住吉の信仰系統 (幻冬舎新書)


などを出版

松尾大社(嵐山) 酒の神様 主祭神は、大山昨神と市杵島姫命
御髪神社(嵐山) 日本雄一の「髪」の神社 主祭神は、藤原采亮政之
天河神社(天川村) 主祭神は、市杵島姫命ほか芸能の神社として知られる。

日本が誇る二大神社・伊勢神宮と出雲大社

伊勢神宮・・・

「お伊勢さん」の名で親しまれ毎年800万人近くの参拝者が訪れる
祀られているのは天皇の祖先であり日本人の総氏神とされる天照大神
天照大神を祀る内宮と豊受大御神を祀る外宮が有名だが
それぞれの別宮 摂社 末社などを合わせた125社があり全体をさして伊勢神宮

都があった奈良や京都、東京からはなお遠い三重になぜ日本の神社の頂点といわれる伊勢神宮があるのか?
その謎を解き明かすカギは天照大神にある

天照大神は 高天原という神の国にいる。
代わりに天照大神の孫が降臨する時、剣・玉と共に天照大神の魂が宿る鏡が初代天皇といわれる神武天皇に伝えられた。
これがいわゆる 三種の神器 代々天皇が受け継いでいる宝物

天照大神は初め天皇の住む宮中に祀られていた
でも崇神天皇すじんてんのうの時代 国中に疫病や飢饉が流行 多くの人が無くなった。
これは、「天照大神のお力が大きすぎる」と考えた崇神天皇は娘である豊鋤入姫命を神の使いとし天照大神を宮中から出すことにした。
天照大神は初め倭の笠縫邑に祀られたとある。笠縫邑とは今の奈良県桜井市付近
ところが災いが収まることはなく次の天皇の代になっても神の安住の地を探す旅は終わらなかった。
その長い旅路が日本書紀につづられている。

奈良県~滋賀県~岐阜県と各地を渡り歩いた倭姫命やまとひめのみこと長い旅路の果てたどり着いたのが伊勢だった。
そこで、穏やかに流れる五十鈴川のほとりで天照大神がこう告げたという
「ここは、常世の波が打ち寄せる美しい国 ここにいましょう。」
「常世」とは海の彼方に存在する理想郷のこと
自然に恵まれ食物も豊富だった伊勢が安住の地となった
この時、倭姫命が建てた小さな祠が伊勢神宮の始まりとされている。
奈良や京都から離れたことには大きな意味がある、大陸から渡来した仏教と深く交わらなかったこと
大和から離れたことで仏教という大波にのみ込まれることがなかった。
古代から続く神道を今に受け継ぐ伊勢神宮
その純粋な信仰の姿は伊勢にあるからこそ守られてきたのかもしれない

伊勢神宮 不思議・・・?

・伊勢神宮周辺で犬をモチーフにしたお土産が多く売られている理由?
犬に代理で参拝させていたから・・・
その昔、伊勢参りを託された犬はおかげ犬と呼ばれ伊勢の名物となっていたそうです。
実際に福島とか徳島とかそういう所から来た犬の記録がるそうです。
・当時、伊勢神宮でしか買えない大人気のおみやげとは?
カレンダー
軽いし画期的人気 田植えの日などが細かく書かれ江戸時代には「伊勢暦」とよばれ人気を博した。

出雲大社・・・

日本中の神さまが集う神々のふるさと島根県・出雲
この地にある日本を代表する神社が出雲大社

大きなしめ縄に24mという破格の高さを誇る本殿その造りは他の神社とは一線を画している。

祀られているのは大国主 天上の神ではなく土着の神であり古事記には国造りを行ったとされる。
そのいわれを見ると関西とは縁もゆかりもなさそうだがその鍵を握るのが奈良県桜井市にある
大神神社おおみわじんじゃ 本殿がなく祈りを捧げるのは後ろの三輪山に住む大物主 山自体が御神体
日本最古ともいわれるこの神社がある場所には以前 出雲という地域があった。
そして島根から数百km離れたこの土地に出雲族の人々が住んでいたことが分かっている。
出雲大社の成り立ちには出雲と大和にまつわる古代の歴史ミステリーが見え隠れする。

国造りを始めたもののなかなかうまくいかず悩んでいた大国主
そこに海を照らしながらやってくる神があった。
「我は、幸魂奇魂さきたまくしたまである。我を祀ってくれるのであれば国造り協力する。三輪山に祀れ」
幸魂奇魂は大国主の分身のようなもの
願いが聞き入れられ三輪山に住むことを許された幸魂奇魂は大物主という名で祀られることになった。

そこに天照大神の使いが現れこう告げる
「日本国は、我の子孫が支配するべきである。国を譲れ」
突然現れ国を譲れという天照大神に対し初めは抵抗していた大国主
次第にその大きな力に破れ自分を祀る宮殿を建ててもらうことを条件に国を譲った
この時建立されたのが出雲大社

この神話はいまだ解明されていない

古代のある歴史を裏付けているともいわれている大和朝廷の出雲族侵略支配説
国を治めていたのは出雲族だったがそこに現れた大和朝廷が力を持ってそれを征服したという説
これが真実ならその時出雲族は根絶されることはなく出雲に住むことを許された。
そして両国のつながりを示す証しとして奈良の大神神社が残されたといたかもしれない・・・

多くの謎を秘め全貌が解明されていない出雲と大和の歴史
ほかと一線を画す出雲大社の荘厳な造り今も続く考古学的な発見から
古代の出雲に相当高度な文明があったことは明らかになっている。

本来 神様っていうのは怖いもの
いろんな疫病とか災害起こす神様をどうすれば鎮めれるか・・・
祀るしかないという考えが元で神社などが存在する。

神様は、お願いするものではなく鎮めるもの・・・
鎮ったあとに静まってくれたら、後にお願いも聞いてくれるかもというものだとか・・・

縁結び  例えば安井金比羅宮
元は、縁切り・・・
縁切りの力を持ってるから縁結びの力もあるってじゃないかとみんな縁切りをまず願いに行く人たちがいる。
縁切りから始める。
そっちの力のほうが神も人間強い!? 人間は、おろかなもの・・・

毎年10月全国の神様が集まるといわれる出雲大社
その伝承をもとにある有名な食べ物は  ぜんざい

10月は「神無月」ですが 神々が集まる出雲では「神在月」
「神在月」を音読みにして「じんざい」それがてんじて「ぜんざい」に・・・

日本全国にある神社の数はおよそ80000社

八百万といわれる日本の神 実際にはどれだけの数が存在するのか?

日本人の日常の中に常にある神社
立派な社殿を持つ神社から街中にあるちいさい祠など様々な神様が祀られるています。
神社本庁に登録されている神社の数で 約80000社 登録されてないのも入れたら・・・
古くから日本人は、多神教八百万やおおろずの神々を信仰してきましたが、

古事記と日本書紀これら神話
登場する天照大神あまのてらすおおみかみ素戔嗚尊すさのおのみことといった神の数は合わせて327柱
でも、神社に祀られている神は神話に登場するものだけではない。

神社について意外と何も知らない・・・!?

およそ80000ある神社にはそれぞれに信仰がある

神社庁がそれぞれいくつあるか調べた結果
5位 熊野大社に端を発する熊野信仰 2693社

4位 伏見稲荷大社を総本社とする稲荷信仰 2970社
3位 菅原道真を祀る天神信仰 3053社
2位 天照大神を御祭神とする伊勢信仰 4425社

1位 八幡神社や八幡宮などで知られる八幡信仰 7817社

八幡信仰には大きなミステリーが・・・?

日本中至る所にある八幡さん 実はこの八幡神 日本の神話には全く登場しない。
実在する人物でもなく歴史の舞台に忽然と姿を現している。

八幡神が初めに登場するのは公式な歴史記録といわれる続日本紀
奈良時代735年 国家にある一大事が起きた
これを朝廷が伊勢神宮 大神神社といった由緒ある神社と共に八幡神の総本社・宇佐神宮にも報告したと記されている

この時すでに八幡神社は伊勢神宮と肩を並べるほどの存在だった。
この八幡神いつから祀られるようになったのは、一人の僧侶が関係している。

僧侶の名は 法蓮
不思議な法力を持ち祈祷によって多くの人々を救ったことから「弥勒の化身」と呼ばれていた。
弥勒とは釈によって救われなかった人々を救うために現れるとされる弥勒菩薩のこと
仏教伝来時に渡来したものでその信仰への功績を称えられた法蓮は天皇から褒賞されるほどだった。

721年 山で修行している時に宝寿を得た法蓮
突然現れた白髪の翁はこう告げる・・・
「我こそは、八幡神 宝寿を得て守り神となり日本国を守りたい。
弥勒寺という神宮を建て そなたにそこの別当になってほしい。」
法蓮は言われたとおり宇佐神宮に宝珠をおさめ新たに建てられた弥勒寺の別当になった。
もともと有名だった法蓮を通じ弥勒信仰と1つになった八幡神はその名を一気に広め朝廷からも崇敬される対象となっていく。
大仏建立の際は奈良に上京し 東大寺の守護神に(749年)
平安時代になると京都の裏鬼門と呼ばれる南西に石清水八幡宮が建立された
北東の鬼門を守る延暦寺と共に裏鬼門を守る京都の守護神となった。
その後天皇も訪れるようになった石清水八幡宮は 伊勢神宮に次ぐ第2の宗廟と呼ばれるようになっていく。

時は移り鎌倉時代
八幡神を氏神としたのが源氏
源頼朝によって建てられた鶴岡八幡宮は その後、足利氏、徳川氏の氏神にもなり武神としての崇敬を集めることになる
こうして八幡信仰が日本全国へと広まっいく・・・

忽然と現れ隆盛を極めた八幡神
この神は・・・いったい何者!?

八幡信仰の総本社・宇佐神宮に残されている「八幡宇佐宮託宣集」にこんな一文が
「辛国の城に 初めて八流の幡と天降って 我は 日本の神となれり」
「辛国」とは朝鮮のことで「辛国の城」とは朝鮮半島から渡来した人々が暮らした地域を指す
つまり八幡神の正体は朝鮮の神
この時代は、仏教の信仰も始まっていた時代で八幡神はそんな中で訪れた外来の神の1人になる。
宗教だけでなく外来の神も受け入れそれを自分たちのものへと変えてきた古代の日本人
日本人の民族性が見えてくる。

八幡信仰は 朝鮮半島から来た人たちが九州の北のほうに住んでいて祀っていたのが最初

 

私の解釈の違いがあるかもしれませんが、基本、島田裕巳氏の見解です。
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