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日本の国旗がなぜ日の丸になったか!?国旗掲揚スタイルは天辺は何で金の玉なのか

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日本の国旗がなぜ日の丸になったか!?

戦国時代には武田信玄や 伊達政宗が日の丸を旗印に用いて言いますが、”日の丸”というデザインは、平安時代にはすでに存在していた。

今から約千三百年前、大宝元年(西暦701年)の文武天皇の時代に朝廷の元旦の行事で用いられた「日像」が起源だとされています。
日像(にちぞう)は、鎌倉時代の日蓮宗の僧。

日の丸の赤白になったのは、一説には源平合戦(治承・寿永の乱)の結果が影響していると言われているそうです。

明治三年に日の丸が国旗として制定されました。
でも、それ以前の幕末には、すでに日の丸が日本の国旗として国際的には認知されている。

認知されるきっかけは、「生麦事件」
生麦事件は、薩摩藩主の父、島津久光の行列の行く手を横切ったイギリス人の4人を薩摩藩士が殺傷した事件。

この事件を発端 に翌年には薩摩藩とイギリスの間で薩英戦争が勃発。
このときに薩摩藩の艦隊が日の丸の旗を掲げていて、その旗を見たイギリス人が、日本の国旗だと思いこみんで、日の丸が国際に登場した始まりとなった。

その後も、幕府の軍艦咸臨丸(かんりんまる)が日の丸を掲げて太平洋をはじめて渡航し、日の丸は日本の旗として世界に認知されることになる。

日本国旗の赤い部分は日、つまり太陽を象徴すると言われています。
※諸説あり。

日章旗の方は、特に日が昇る感じですね。

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国旗掲揚するときに日の丸の上にはなぜ金の玉がついているのか?

日の丸を掲げるときには縞の旗竿の先に金の玉をつけられています。

一般家庭が祝祭日に日の丸を掲揚するようになったのは、明治中期以降。
当初は、おのおの白地に赤の旗をつくり、物干し竿などに掲げていたようです。
そのうち、縞の旗竿に金の玉、国旗と三点が基本のスタイルになったものが販売されて認知されていった。

一説によると金の玉は、太陽の遣いであったヤタガラスを象徴したものと言われていてる。
旗竿は、神武天皇の持っていた弓の模様からとったものと言われている。

日本神話では神武天皇東征の際に熊野から大和に抜ける山中で天照大神から道案内として遣わされたヤタガラスが、神武天皇の持つ旗がついた弓の先に止まったことになっている。

そこから絡ませて金の玉、旗竿、日の丸の3点を商品化したといわれている。

バレンンタイデーとかうなぎの日と…
商売人に乗せられて、それが当たり前の様式になっているだけのものかもしれない。

その販売元が、国から指示があったのかもしれないが・・・

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